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神戸地方裁判所 平成元年(ワ)1652号 判決

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

麻田光広

滝本雅彦

被告

松本均

右訴訟代理人弁護士

分銅一臣

被告

北川明

被告

株式会社第三書館

右代表者代表取締役

北川明

主文

一  被告らは、原告に対し、それぞれ金五〇万円及び平成元年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一被告らは、原告に対し、本件判決確定の日から七日以内に、神戸新聞朝刊に別紙謝罪文記載のとおりの謝罪広告を別紙謝罪広告掲載方法記載の方法で一回掲載せよ。

二被告らは、原告に対し、それぞれ金五〇〇万円及び平成元年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一本件は、元警察官であった原告が、被告松本均(以下「被告松本」という。)が著わし、被告株式会社第三書館(以下「被告会社」という。)が発行・販売し、被告北川明(以下「被告北川」という。)が発行人である「警察(ポリス)はこんなに無責任(クレージー)」と題する書籍(以下「本件書籍」という。)により、名誉を毀損されたと主張して、被告らに謝罪広告の掲載及び損害賠償を求めた事案である。

二当事者

1  原告は、昭和三二年一〇月一日、兵庫県警察官に採用され、昭和五六年九月から昭和六一年九月末日まで兵庫県警察(以下「兵庫県警」という。)本部暴対二課事件二係に所属していた警部補であり、同年一〇月一日から同年一二月一日まで加西警察署に警ら課長として勤務していたが、同日、兵庫県警を退職し、昭和六二年五月六日以降いづも柔道接骨院を開院している。

原告は、右暴対二課に所属する以前にも二五年ほど兵庫県警に在職していたが、原告の在職期間中及び本件書籍が発行される頃までの間、兵庫県警には、原告以外に、甲野という姓の警察官はいなかった(〈書証番号略〉、原告本人)

2  被告会社は、本件書籍を編著者松本均として定価一二三六円で平成元年五月一日ころ発行し、全国及び神戸市内で販売を始めた。(被告北川本人)

3  被告北川は、本件書籍の発行人である。(被告北川本人)

三争いのない事実

1  本件書籍は、全体で二七六頁、第一章「兵庫県警現職ポリスの嘆き」、第二章「警官はこんなに無責任」、第三章「交番のウラは闇PARTⅢ松本均」の三章で構成されている。

2  第一章は、一項から七項に分かれており、二項「ポリスは同僚を信用してはいない」が一五頁から二九頁まで続き、その中の小見出し「現職警部補が小指をツメさせた殺人疑惑」で始まる部分が一五頁二行目から二一頁九行目まで、次の小見出し「警察内部で流される、続発大事件の『ポリス犯人説』」で始まる部分が二一頁一一行目から二三頁四行目まで続いている。

3  同書籍一七頁六行目以下に「ここの元社員が女社長のもとに夜中に呼びつけられた。同席して酒を飲んでいた兵庫県警暴対二課の警察官に脅かされて指をつめた。甲野という警部補に脅かされて果物ナイフを目の前にほられて、やむをえず指をツメた。」、同頁一一行目以下に「しかし調べていったら、その被害者の男に指ツメさせたのは現職の兵庫県警の警部補やったと判明した。その警部補は、その時現場に巡査部長も三人同席しとった、と、白状した。(改行)指ツメさせる現場に。(改行)松本 ええ、県警本部の暴力団対策のポリスがね。そのため関係ポリスはみんな転勤になって、甲野警部補は加西署に転勤させられた。」一九頁一行目以下に「オバハンとこに情報源もあるし、飲み食いさしてくれるし、小遣いくれるというので、しょっちゅう出入りしとったわけや、刑事たちが。」、同頁五行目以下に、「果物ナイフほって、『指ツメろ』と刑事らが言うた。態度が悪い、言うて、『指ツメへんかったら、ワシがツメたる』とか言うて脅かしとる。で、結局、本人は指をツメとるです。」、次の小見出し「警察内部で流される、続発大事件の『ポリス犯人説』」の一三行目以下に「松本県警の現職ポリスしてる友達なんかでの噂では、その甲野警部補が殺人の犯人とちゃうかと言うやつもおる。田中巡査部長 いや、たしかにそれは言いよった。あの事件が出たときに、警察官が犯人やという話が出とったです。」とそれぞれ記載されている(以下「本件記載」という。)。

四当事者の主張

1  原告の主張

(一) 原告は、兵庫県警本部暴対二課に在職中に、本件記載のように、第三者に対して「指をツメろ」と言ったことがなく、果物ナイフを投げたこともなく、また、警察官であれその他の者であれ、「指をツメろ」と言ったりナイフを投げたりしている現場に居合わせたこともなく、殺人を犯したこともないから、本件記載はいずれも全く事実無根である。

(二) 本件記載は、全くの虚偽の事実に基づき、原告が傷害や殺人事件の実行行為者あるいは関与者であるかの如く書かれており、家族と平穏な社会生活をおくり、柔道整骨院の経営を行っていた原告は、本件記載により、名誉・人格権を著しく侵害され、精神的苦痛を被った。

(三) そして、被告らの違法行為により原告が侵害された名誉・人格権を回復するためには、請求の趣旨記載の謝罪広告の掲載が必要であり、右精神的苦痛の慰謝料としては少なくとも五〇〇万円が相当である。

2  被告松本の主張

(一) 本件記載は、昭和六三年一二月二日に被告会社の要望により行われた現職警察官一名と被告松本との対談をもとに作成されたものである。

(二) この対談の中で、被告松本は、「噂で聞いた話ではあるが、退職をした原告が在職中に不動産屋の女社長の家で酒を飲み、女社長の情夫を脅かして、指を詰めさせたらしい」「谷本龍子が殺人事件のあとに別件で逮捕されたらしい。ペンキを建物にかけて器物損壊、又、傷害事件として別件逮捕されたが、原告が、これに関連してやめさせられたらしいという噂を聞いている」等、原告が谷本龍子方に終始出入りをしており、傷害事件の現場に立ち会いながら警察官として何らの阻止のための行動もせず、その行為に加担をし、加西署に転勤させられたという大略本件記載の如き内容の話をしたが、あくまでそうした噂が広く流されているとの表現で述べただけである。

また、被告松本は、本件記載のうち、果物ナイフを目の前に放った、あるいは、指を詰めさせられた男が何か月後かに死体で見つかったという内容の話をしたことはない。

(三) 被告松本がこのように述べたのは、昭和六一年一〇月一八日付け神戸新聞で「不動産屋の女社長である谷本龍子が、その自宅で田中寛治を殴る等して負傷をさせ、その現場に当時兵庫県警の警部補が居合わせた。」との記事を見て現職の警察官数名に事情聴取したところ、現職の警部補とは原告のことであり、原告がしばしば谷本龍子のところに行っていたことは間違いのない事実であり、傷害の内容は指をつめさせたというものであると言っていたこと、同年に新聞で報道された玉津署管内の殺人事件について警察が熱心に捜査をしていないのは、当時の現職警察官が関与しているからであるという話を聞いていたことなどからであった。

この噂については、対談相手の現職警察官も聞いて知っていた。

(四) 右対談の後、被告会社から対談のテープおこしということで平成元年二月ころから三回に分けてゲラ刷りの原稿が送られてきたが、その表現内容が対談のときの被告松本の表現とは異なり、断定的表現に変えられていたので、被告松本は、断定的表現を避けて、あくまで未確認の噂であると訂正し、原告の名前も削って、被告会社に送り返した。

(五) したがって、本件記載は、被告松本の原稿によるものとはいえず、編著者は被告会社あるいは被告北川である。

(六) 被告松本は、新聞報道によって知った事実及び現職警察官から聞いた事実を噂として述べただけであり、ゲラにおいてもそのように訂正したのであるから、名誉毀損に当たる行為はしていない。

3  被告会社及び同北川の主張

(一) 被告松本は、本件記載のもととなった対談の場で、本件記載の事実を断定的に語ったし、ゲラ刷りに関して、被告会社に訂正を求めたことはない。

(二) 被告会社が本件書籍を刊行したのは、警察の体質を社会的に問うという公益を図る目的のためであり、また、本件書籍の内容は、警察官の不祥事、警察の内部腐敗という公共の利害に関する事実についてのものである。

そして、本件記載は、真実であるから、被告会社及び同北川の行為に違法性はない。

(三) たとえ、本件記載の事実に真実でない部分があったとしても、被告会社及び同北川には、次のとおり、本件記載の事実が真実であったと信ずる相当の理由があるから、民法七〇九条の不法行為責任を負わない。

(1) 本件書籍は、元警察官の被告松本が警察官として在職中に見聞した事実を記載したものである。

(2) 被告会社及び同北川は、被告松本が著した兵庫県警の体質を問題にする書籍を本件書籍の以前に二作発行したが、それらについては、本件書籍発行までの二年間、同県警から全く、異論・反論がなかった。

(3) 前記対談において、被告松本は、本件記載について、二度とも断定的に語った。

五争点

1  被告松本は本書籍の編著者といえるか。

2  本件記載が原告の名誉を棄損しているか。

3  真実性の証明の有無

4  真実と信ずる相当の理由の有無

5  損害

第三争点に対する判断

一争点1について

1  まず、〈書証番号略〉、原告、被告松本及び被告北川各本人尋問の結果によれば、本件訴訟に至った経緯について、次の事実が認められる。

(一) 被告松本は、昭和五〇年六月に兵庫県警に採用され、昭和六〇年八月に退職するまで同県警の警察官をしていたが、退職後の昭和六二年に「交番のウラは闇」という著書を被告会社から出版して以来、「交番の中は楽園」、「ケーサツの横はドブ」の三冊を、本件書籍の前に被告会社から出版していた。

(二) 昭和六三年初夏ころ、被告松本から被告会社にポリスシリーズの続編として本件書籍を発行したいという申し入れがあり、被告松本から原稿が送られてきたが、以前に出版した書籍と内容が重複していたので、被告松本と被告北川とが相談をした結果、現職警察官の対談を中心にして刊行しようということになった。

(三) 現職警察官の選定については、被告松本から知り合いの警察官を連れてくるが本名は出さずにおきたいという申し出があり、被告北川は、これを了承した。

(四) 対談は二回にわたって行われた(以下「本件対談」という。)。第一回は、昭和六三年八月二三日に京都のホリデー・インにおいて、被告北川の司会により、現職警察官と被告松本が対談をし、第二回は、同年一二月二日に神戸市須磨区妙法寺のルネ須磨というマンションで、被告北川の司会により、現職警察官と被告松本の二人が対談したが、被告北川の兄及び被告会社の取締役である辻元清美も同席した。双方了解の上、対談はすべて被告会社がテープに録音をした。

(五) 二回の対談において、被告松本は、本件記載の事実について話し、それを現職警察官が追認した。

(六) 対談の後、被告会社は、対談のテープおこしをして一応書籍の形に整え、平成元年二月ころ、被告松本にゲラ刷りの原稿を二回に分けて送り著者校正を依頼したうえで、書名を決定し、それについて被告松本の了承を得て本件書籍を出版した。

(七) 平成元年六月、原告により本件書籍の刊行差し止めの仮処分申請がされたので、被告会社は、改訂前の総在庫九九六冊を同年八月八日廃棄処分とした上、同月一五日、本件記載のうち原告の名前である甲野という文字を削った改訂版を出版した。平成元年一〇月一九日、原告は、右仮処分申請を取り下げた。

2  そこで、被告松本が本件書籍の編著者であるか否かについて検討するに、〈書証番号略〉、被告松本及び被告北川各本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告会社が本件書籍以前に発行した被告松本の著書である「交番の裏は闇」についても、現職の警察官又は元警察官の固有名詞が出ていた。

被告松本は、右書籍が発行される以前に仮名にしたいという意向であったが、被告会社との話し合いの結果、最終的には実名にすることについて合意をした。

被告会社は、右書籍が発行されてから一回もこの点について、被告松本から抗議を受けたことはなかった。

(二) 被告会社は、ゲラ刷りを作成するにあたり、前記1(四)記載の本件対談を録音したテープをおこしたもののうち、不要な部分を削除したり、順序をまとめたりはしたが、内容に付け加えることはしていない。

内容については、被告北川は、ゲラ刷りの段階で、もう一度テープを聞いて確認をした。

(三) 被告松本は、被告会社が送ったゲラ刷りのうち、本件記載の部分については、何も付け加えず、被告会社から送られたままの状態で返送した。

(四) 被告松本は、被告会社に対し、本件書籍刊行後も、本件記載について抗議をしたことはなかった。

(五) 被告松本は、本件書籍の印税として被告会社から二〇〇万円を受領した。

(六) 被告松本は、原告による前記仮処分申請の際も含めて本件訴訟に至るまで、本件書籍の編著者が自分ではないと主張したことはなかった。

3  そして、被告松本は、右仮処分申請事件に関し自己が編著者であることを前提として本件記載の真実性や公益目的の存在などの主張をしており、本件訴訟における主張である「対談で断定的表現は避け、ゲラ刷りもあくまで未確認の噂であると訂正し、実名も削除して送り返したのに、被告会社が実名で断定的表現のまま発行してしまった」等の主張は一切していないし、本件書籍以前に被告会社発行の被告松本が著した書籍も何冊か実名で出されており、その点について被告松本も了承していたのであるから、特に本件記載についてのみ、実名を出すか否か、断定的表現を用いるか否かを被告松本がこだわって訂正したとは考えられない。また、もし、右主張のとおりであるならば、被告松本は本件書籍が発行された段階で被告会社に何らかの抗議をし、右仮処分申請事件の際にも編著者でない旨の主張をし、印税も受領を拒否したはずであると考えられるが、そのような行動をとったと認めるべき証拠は存在しない。

したがって、本書籍の著者は被告松本であると解するのが相当である。

二争点2について

1 書籍における記載が個人の名誉を毀損するものであるか否かは、記載の内容のみならず、書名、見出しの文言、その大きさ・配置、イラスト等を総合し、当該出版物の一般読者がその記載を読んだ際に当該記載全体から通常受けるであろう印象によって判断するのが相当である。

2  これを本件記載についてみるに、〈書証番号略〉及び被告北川本人尋問の結果によれば、本件書籍は、警察内部の腐敗、警察官の不祥事を暴露して警察の体質を社会に問うという目的のもとに出版されたシリーズのうちの一つで、「警察(ポリス)はこんなに無責任(クレージー)」という書名であること、本件記載は、「現職警部補が小指ツメさせた殺人疑惑」「警察内部で流される、続発大事件の『ポリス犯人説』」という小見出しのもとに掲載されていること、その内容は、第二、四1記載の原告の主張のとおりであることが認められる。

また、前記認定によれば、昭和三二年一〇月一日から昭和六一年一二月一日までの原告の兵庫県警在職期間中及び退職後本件書籍が出版される平成元年五月までの間に兵庫県警に甲野という姓の警部補は存在しなかったことが認められるから、本件記載の甲野警部補とは原告のことを指していることは明らかである。

そこで、本件記載が原告の名誉を毀損するものであるか否かについて検討するに、本件記載は原告が男を脅かして果物ナイフを目の前に放って指をツメせたたこと、その件で原告は加西署に転勤になったこと、その男が後に殺された事件の犯人が原告だという噂があること等が断定的な表現で書かれており、「現職警部補が小指ツメさせた殺人疑惑」「警察内部で流される、続発大事件の『ポリス犯人説』」という小見出しはゴシック体で書かれているだけでなく、特に殺人について重複した小見出しとなっていること、イラストも一頁全体に男を脅している様子が描かれており、一般読者に与える印象効果も大きいと思われることなどからすると、本件記事の断定的な表現、小見出しの表現方法、イラストの大きさ等個々の要素が関連し合って相互の印象を強め合い、全体的には原告が傷害及び殺人事件の犯人であるかのような印象を一般読者に抱かせるものであるということができる。

3 ところで、法的保護の対象となるべき「名誉」とは、人がその人格的価値について社会から受ける客観的な評価をいうものと解すべきであるから、名誉毀損の成否も名誉毀損行為があったとされた当時、その人が社会においてどのような地位にあったかを考慮して判断する必要があるところ、〈書証番号略〉及び原告本人尋問の結果によれば、原告が本件書籍出版当時、こうの柔道接骨院を経営していたが、患者はみな原告がもと警察官であることを知って来院しており、また、原告が家庭では妻や銀行員の長女、大学一年生の二女、高校三年生の長男と平穏な社会生活をおくっていたことが認められるのであり、本件記載は、原告の社会的評価を低下させたということができる。

4 したがって、本件記載は原告の名誉を棄損するものであると認めるのが相当である。

三争点3について

1  本件記載が原告の名誉を棄損する内容のものであっても、本件記載を記載することが、公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出た場合には、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、右行為には違法性がなく、不法行為は成立しないと解するのが相当である。

2 そこで、まず、本件記載の公共性及び公益目的について検討するに、本件記載の内容は、前記二2のとおり、現職警察官である原告が男を脅かして果物ナイフを目の前に放って指をツメさせたこと、その件で原告は加西署に転勤になったこと、その男が後に殺された事件の犯人が原告であること等であり、傷害事件・殺人事件という重大な犯罪に関するものであるから、本件記載が公共の利害に関する事実に係ることは明らかであるし、また、本件書籍の刊行目的は、前記二2のとおり、警察内部の腐敗、警察官の不祥事を暴露して警察の体質を社会に問うというところにあり、専ら公益を図る目的に出たものと認めることができる。

3 次に、本件記載の真実性について検討するに、本件記載において主要な内容となっている事実(以下「本件主要事実」という。)は、前記二2のとおり、現職警察官である原告が男を脅かして果物ナイフを目の前に放って指をツメさせ、その件で原告は加西署に転勤になったが、その男が後に殺された事件の犯人が原告であるという事実であるが、本件主要事実のうち真実と認められるのは、原告が兵庫県警本部暴対二課から加西署に転勤になったという事実が、〈書証番号略〉、原告本人尋問の結果から認められるのみである。

被告会社及び被告北川は、本件主要事実が真実である証拠として、昭和六一年九月一二日付け神戸新聞記事(〈書証番号略〉)、同年一〇月一八日付け神戸新聞記事(〈書証番号略〉)、同年九月七日及び八日付け神戸新聞記事(〈書証番号略〉)、同年六月四日及び五日付け神戸新聞記事(〈書証番号略〉)を挙げるが、同年六月四日及び五日付け記事は、田中寛治(以下「田中」という。)の殺害事件について報道したものであるし、同年九月七日、八日及び一二日付け記事は、谷本龍子(以下「谷本」という。)の被疑事実について報道したものであって、いずれも、何ら原告については書かれていないし、同年一〇月一八日付けの記事についても、単に兵庫県警の警部補が谷本龍子宅にいて事件を目撃していたと書かれているのみであって、この記事から、本件主要事実が真実であると認定することはできない。

また、被告松本本人尋問の結果から、被告松本が右新聞記事を見て現職警察官数名に事情聴取したところ、当該警部補は原告のことであり、傷害の内容は指詰めであると言ったこと、本件記載内容について対談相手の警察官も聞いて知っていたことが認められ、また、原告本人尋問の結果及び証人谷本龍子の証言によると、原告と谷本が知り合いで、谷本が田中を木刀で殴って怪我をさせたのを原告が目撃した事実が認められるが、これらの事実からも、右主要事実が当然に真実であると推認することはできない。

その他、本件主要事実については、これを認めるに足りる証拠がないから、結局、本件においては、本件記載についての主要な事実の証明がなされなかったことになる。

四争点4について

1  本件記載が原告の名誉を棄損する内容のものであり、本件記載を掲載することが、公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出た場合には、摘示された事実が真実であることが証明されなくても、その記載を含む本件書籍を著し、発行した者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があったときは、右行為は故意若しくは過失を欠くものとして、不法行為は成立しないものと解するのを相当とする。

2(一)  そこで、まず、本件記載が真実であると信ずるにつき被告松本に相当な理由があるか否かについて検討するに、被告松本は、本件記載は新聞に報道された事実について現職警察官数名に事情聴取をして確認した上で、対談において話したものであり、本件対談相手の現職警察官も同様に述べたのであるから、被告松本には、本件記載が真実であると信じるにつき相当の理由があった旨主張する。

(二)  しかしながら、〈書証番号略〉及び被告松本本人尋問の結果によれば、昭和六一年一〇月一八日付け神戸新聞の「県警警部補傷害目撃報告せず。」との見出しの中に、兵庫県警が殺人事件との関連である傷害事件を調べていたところ、同県警の現職警部補がその傷害事件の現場にいて事件を目撃していたにもかかわらず、事件処理や上司への報告をしていなかったことが判明した等本件記載に関する内容の記事があるのは認められるものの、記事にはその現職警部補の名は書かれておらず、被告松本は、新聞記事を見て現職警察官や新聞記者に事情を聞いたところ記事の中の「同県警の警部補(四八)」が原告のことであるとの情報を得、本件対談においても対談相手の現職警察官から追認を受けたとの供述をしているけれども、その現職警察官及び新聞記者が誰であるか、具体的な事情聴取の経緯、内容等については全く明らかでなく、また、被告松本がそれらの提供された情報について、その真偽を確認するために独自の裏付け調査をした形跡も窮われない。

(三) 本件記載を含む本件書籍を発行されることは、原告にとって社会的信用を著しく侵害されるものであるから、本件書籍の編著者となる以上は、たとえ、対談という形をとるにせよ、その真偽につき十分な調査、吟味を行うべきであり、被告松本の前記のような事情聴取の方法では到底十分とは認められない。

(四) したがって、被告松本には、本件記載の内容が真実であると信じるについて相当の理由があったということはできない。

3(一)  次に、被告会社及び同北川に本件記載が真実であると信ずるにつき相当な理由があるか否かについて検討するに、被告北川及び同松本各本人尋問の結果によると、次の事実が認められる。

(1) 被告会社及び同北川は、被告松本が著した兵庫県警の体質を問題にする書籍を本件書籍の以前に二作発行したが、それらについては本件書籍発行までの二年間、兵庫県警から全く異論・反論がなかった。

(2) 被告松本は、本件対談において、本件記載の内容について、二度とも断定的に語り、それを対談相手の現職警察官も追認していた。

(3) 対談相手が現職警察官であることは、被告北川がその対談相手に会って具体的質問をすることにより確認したが、その名前は確認していない。

(4) 本件記載の内容について、被告松本は、兵庫県警の内部から直接聞いた話であり、新聞にも載ったと言っていた。

(5) 被告会社及び同北川は、本件対談の際、被告松本からも対談相手の現職警察官からも原告に関する資料は何ら見せられていないし、持って来てもいなかった。

(6) 被告松本は、本件のみならず、在職中からすべて自分の見聞きしたことを克明なメモに取っていると被告会社及び同北川に繰り返し説明していたが、被告会社及び同北川は、それを見たことはなかった。

(7) 被告会社及び同北川は、被告松本あるいは本件対談相手の現職警察官に対し、本件対談の内容について事実確認をしているのかどうかを確かめたことはなかった。

(8) 被告会社及び同北川は、原告あるいは兵庫県警察本部の誰かに、本件記載の内容について確認したことはなかった。

(二)  これらの事実からすると、本件記載が真実であると被告会社及び同北川が信じたのは、複数の人からの口頭による情報提供にのみ基づくものであり、被告会社及び同北川自身が、提供された情報についてその真偽を確かめるために独自の裏付け調査をしたわけでもなく、本件記載で取り上げられている原告に真偽を確かめたり、兵庫県警に確認することもしていないのである。

確かに、被告会社及び同北川は、それまでにも、被告松本が著した同種の書籍を出版、発行しており、被告松本が断定的に著述した事項について誰からも異議を申し出られたことはなかったのであるが、ある事実が他人の名誉を毀損するか否かは、それぞれの事実毎に考察する必要があり、それまでに被告松本による著作内容について抗議がなかったからといって、今回の本件対談の内容についても抗議を受けることはないと即断することが許されるものではない。

したがって、それまでに被告松本が著した同種の書籍に対して何人からも異議の申し出がなかったことをもって、本件記載で取り上げられた事項につき裏付け調査等が不要であるということはできない。

そして、本件記載を含む本件書籍を発行されることは、原告にとって社会的信用を著しく侵害されるものであるから、本件書籍を発行する以上は、その真偽につき十分な調査、吟味を行うべきであり、前記3(一)の事実のみでは、到底十分とは認められない。

(三) したがって、被告会社及び同北川には、本件記載の内容が真実であると信じるについて相当の理由があったということはできない。

五争点5について

1  本件記載が原告の社会的評価を低下せしめ、その名誉を毀損するものであることは前記認定のとおりであるところ、原告及び被告北川各本人尋問の結果によれば、本件記載により、原告の名誉が毀損され、そのために著しい精神的苦痛を受けていることが認められる。そして、本件記載の内容その他本件に顕われた一切の事情を総合考慮すれば、原告が本件名誉毀損により被った精神的損害に対する慰謝料としては金五〇万円が相当である。

2  しかし、本件記載により、原告の社会生活にどの程度の影響を与えたかは不明であるし、右慰謝料の支払を受けることにより、原告の精神的苦痛という損害は回復されると認められるから、本件においては謝罪広告の必要性は乏しいといわなければならず、これを求める原告の請求は棄却すべきである。

第四結論

以上のとおりであって、原告の本件請求は、被告らに対して各自金五〇万円及びこれに対する平成元年五月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官辻忠雄 裁判官吉野孝義 裁判官伊東浩子)

別紙謝罪文

当社は、松本均を編著者、北川明を発行責任者とした「警官(ポリス)はこんなに無責任(クレージー)」なる書籍を出版いたしましたが、同書の中で、あたかも甲野一郎氏が傷害事件をおこしたかのような文章を載せましたが、甲野一郎氏は全く無関係で、右のような事実は存しません。

当社、北川明および松本均は、甲野一郎氏の名誉を著しく毀損したことを認め、ここに右文章を取消すとともに、衷心より謝罪の意を表します。

平成 年 月 日

株式会社第三書館

代表者 北川明

発行責任者 北川明

編著者 松本均

甲野威誠様

別紙謝罪広告掲載方法

大きさ 縦二段抜き、横一〇センチの枠内

活字 表題部は一四ポイントゴチック活字

末尾の被告名は、一〇ポイントゴチック活字

本文は、九ポイント活字

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